神の命に従い、地上でジャンヌに会ってから2年が過ぎた西暦1427年。フォッグたちはまた村に降り立った。

「いいかい?フォッグ・・・わかってるだろうが・・・」
「・・・それは酷じゃないか?ジャンヌだけを生かすなんて・・・」
「それが天界の書16532の巻き『人の死の日について』の意思だよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・判った」

二年前と変わらぬ丘の木は異様な空気に包まれていた・・・




その日、ジャンヌは村はずれの木の根元で司祭に借りた本を読んでいた。モチロン字が読めるわけでもないので絵を見ているだけだった。そのとき爆発音が村の方から聞こえてきた。

「・・・・・・・・・何?」

ジャンヌはその音に走り出していった。が、その腕は何者かに掴まれた。掴んだ何者かはジャンヌを村の方向ではなく教会の方へ引っ張ってった。ジャンヌの腕を掴んだ少年は闇赤色の髪だった。

「フォッグ?!どうして!?」
「村に行っちゃいけない!!イギリスの小隊が乗り込んできたんだ!!」
「うそ・・・・・・・じゃあ村は・・・」
「・・・・・・・・・・・・とにかくキミだけでも逃げるんだ!教会の地下に通路がある!そこから逃げれば・・・」
「いや!!お父さんもお母さんもおねえちゃんも・・・皆まだあそこにいるの!!」
「ジャンヌ!!キミはまだ必要とされている!!」
「一体誰によ!!家族はもう・・・そんな私が誰に必要とされてるって言うの!!」

走りながらフォッグはジャンヌを観た。二年前観たときと変わらぬ青い瞳は涙でいっぱいだった。それは天界の書で決められた『運命』だと割り切ろうとした。だがフォッグの中には割り切れない所もあった。だからフォッグはまた前を向いていった。

「この国に・・・この世界に・・・そして・・・俺達がキミを必要としている!!」
「・・・・・・・・・・・・・・フォッグ・・・・・・」



教会にはセアネル、プライム、クリレル、とあと1人。司祭が二人を待っていた。

「私の親戚がその町にいます。私が連れて行きましょう。」
「お願いします・・・・・・あれか?」
「セア兄ぃ!!準備は!?」
「出来ているよ・・・初めましてジャンヌ。僕の名はプライム。フォッグの兄貴分だよ。」
「・・・ねえなにがどうなっているの?!いったい・・・私もう何が何だか!」

フォッグはセアネルから渡された水を飲み干すとジャンヌに向き直った。

「ジャンヌ!キミはこの国に必要とされている!シャルル七世を王にするんだ。」
「え・・・シャルル7世って・・・王様?」
「キミにはそれだけの力がある!」
「無理よ・・・だって私は・・・ただの村娘よ?」
「・・・ジャンヌ・・・君には俺らが付いている。だから勇気を持て!」
「勇気?」
「そうだ。崖から飛び降りるのだって・・・人と違う事をするのだって勇気がなきゃ出来ない。君はそれが出来るんだ!!」
「けど・・・」
「やばっ時間がない司祭さんジャンヌをよろしくお願いします。」
「はい。わかりましたプライムさん。」
「ふぉっぐ・・・フォッグ?!」
「・・・いつでもソバにいる・・・だって俺らは・・・」

そのとき風が流れ込んだ。イギリスの兵が教会を見つけたのだ。が。イギリス兵の目にはジャンヌと司祭は見えていない。変わりに四人だけが見えていた。フォッグはジャンヌに微笑みかけた。そして入り口の兵を見据えた。


「いつもソバにいてやる。だって俺らは・・・・・・四大天使だからな!」


司祭はジャンヌを連れて奥の秘密通路に駆け込んだ。そしてフォッグたちはイギリス兵をひきつけて時間を稼ぎ安全とわかった所で天界に帰った。


だがフォッグだけはジャンヌのそばにいた。かの有名なシャルル7世を当てたという逸話の時もシャルル七世のソバにフォッグは立った。ジャンヌが負傷したときは少し回復力を分けた。風がなくわたれない川があった場合は先に対岸に渡り風を流した。そうしてジャンヌのソバにいつでもフォッグはいた。

しかしフォッグには最大の難点があった。フォッグは火の天使のため一定距離しか水上を飛べないのだった。あるときジャンヌはその一定距離以上の川をわたろうとした。フォッグはあわててとどまるようにささやき上流の渡れる場所に向かった。しかしジャンヌの軍は早くにわたってしまっていた。その時間差がジャンヌの運命を変えた。フォッグが戦場に着いたとき、ジャンヌはつかまっていた。




「如何いうことだよ!!聖女にするんだろ!?魔女裁判にかけられたら魔女にされるじゃねぇか!!」


フォッグは通達により降りてきたプライムたちに派手に突っかかった。フォッグ達はジャンヌが囚われ魔女裁判にかけられている町、ルーアンにいた。日付は5月20日。明朝ジャンヌの判決が下る。フォッグはなおもプライムに突っかかった。

「深皇は・・・あの野郎はなんていってた!?」
「・・・ただ・・・詳細を見守れ・・・と・・・・」
「ふざけんな!!俺はあいつの元に行く!!止めても無駄だからな!!」
「それは無理だ。さっき見てきたら結界が張ってあった・・・おそらく向こうに実力者がいるのだろう・・・」
「そんな・・・じゃあ俺達は・・・見守るしかないってのか!?」
「・・・フォッグ・・・」
「っ・・・!!」

フォッグはセアネルに掴まれていた腕を振り解き屋根伝いに牢獄の方向へ走っていった。昼間とはいえ見えない体のためにその動きは五月の温かい風としかならなかった。

「いいの?セア・・・フォッグほっといて・・・」
「あの壁にぶつかれば少しは頭も冷えるだろ。アイツは感情装入しすぎだ。」
「確かに・・・けどさ。プラ兄ぃもすごい意地悪だね・・・深皇は本当は違う事いってたんでしょ?」
「なんだ知ってたんだい?」
「だってプラ兄ぃ眼が嘘ですって言ってる・・・」
「本当は何て?」
「嘘は言っていないよ♪言い方の問題だよ。」
「・・・大体判ったけど・・・けど・・・それは言わない方が言いね・・・」
「・・・そうするよ・・・」



ジャンヌは空を見上げていた・・・彼女は知らないがその日は5月29日。明日には処刑されるという通達が来ている。ジャンヌは星空の中に赤い星を見た。蠍の心臓といわれるその星の色はジャンヌがコレまで何度も見てきた色だった。血の色・・・火の色・・・悲しみの色・・・そして自分を助け、今までずっと一緒だった天使の色だった。

「・・・言いつけ護らなかったのがいけなかったのかな・・・?」
「んなわけねぇだろ。」

俯いたジャンヌの頭上から今一番聞きたかった声を聞きジャンヌはまた天窓を観た。そこには蠍の心臓を背景に闇赤色の天使・・・フォッグがいた。

「ふぉ・・・っぐ?」
「・・・ゴメン・・・何も出来なくて・・・」
「・・・ううん。もういいの・・・」
「そんな・・・」
「・・・・・・・・・・・けど私の村の司祭様・・・やっぱりうさんくさいわ・・・だって『純潔じゃなきゃ天使は見られない』って言っていたのに・・・今私見えてるんだもん。」
「ジャンヌ・・・お前・・・」
「・・・けどなんでフォッグ来てくれたの?この前ガブリエル様は夢に出てきたけど・・・」
「あ・・・って夢ぇ!?」
「うん・・・私が病気にかかったとき・・・『貴方は病からは救われる・・・我が名はガブリエルなり』って。けどガブリエル様って女の方だとおもったんだけど濃い青の男の人だったのね〜。」
「・・・まぁセア兄ぃ・・・ガブリエルは男だけど・・・」
「けどね。本当は私病で死んだ方が良かったのよ・・・明日には私・・・」
「ジャンヌ・・・」

石で作られた牢は独特の冷涼感があり、二人をその空気がつつんだ。と、そのとき不意に木の扉を誰かが開けて入ってきた。フォッグは咄嗟にジャンヌを後に庇った。そのときフォッグの頭の中からは自分は今見えない体だということが忘れ去られていた。しかし二個目の扉を開けた人物には敵意はなかった。むしろその顔は二人が何度か見た顔だった。

「・・・司祭・・・様?」
「御久し振りですねジャンヌ・・・ミカエル大天使長さまもお変わりなく・・・」
「ジャンヌの村の司祭だよな?なんでてめぇがこんな所にいるんだよ」
「いやぁなに。この町まで来ていたらジャンヌの戒告を聞いてやれといわれまして。」
「そう・・・ですか・・・」

ジャンヌは一度俯いた。そして何かをいおうとしたところでフォッグの記憶は途切れた。背後からセアネルがフォッグの首元をつき、気絶させたのだった。意外な者の登場にジャンヌと司祭は驚いたが突如響いた声にすぐ気を取られた。

「司祭殿!!そちらに侵入者はありませぬか!?」
「いいえ?何か有りましたか?」
「それが結界が破られていたとのことなので悪魔が進入したやも知れませぬ!!」
「此方には何もいません。」
「そうですか。それではくれぐれもご注意を!」

そういって真面目な兵隊は一つ目の扉を閉めていった。司祭はセアネルがいたほうを向きなおした。しかしすでにセアネルとフォッグはソコにはいなかった。

「・・・行ってしまいました・・・」
「では・・・戒告・・・いいえ・・・あなたの意見を聞きたいジャンヌ=ダルク」
「・・・・・・はい・・・」



5月の30日は晴天だった。その突き抜けるような青い空の下をジャンヌは荷馬車に引かれて処刑広場に向かっていた。沿道には魔女をみにきた住民がたくさん並んでいた。中には恨み言を言うものもいる。しかしその声はすぐに見張りの兵によって静められる。そして町の中央広場に着いた。ソコには薪が高く積まれた火刑の台が置かれ、ソコには司祭もいた。


「何か望みは有るか?」


そう強持ての兵士に聞かれてジャンヌは静かに答えた。


 「・・・十字架をください・・・どんなに粗末でもいいので・・・」


すると司祭がひとつの十字架を持ってきた。長さの違う棒を二本赤い紐で組んだだけの十字架だったがジャンヌはそれにそっと口付けた。その光景を見た人々の中からは魔女の信憑性を疑うものも出てきた。死刑執行人はそんな民衆の声を聞き、急いでジャンヌを火刑台にくくりつけた。イギリスの側からしてみればすぐにでもジャンヌを殺したいのだった。すると司祭は大きな十字架を取り出した。もしものためを思い司祭が用意したものだった。




そんな広場の景色をフォッグたちは遠くから眺めていた。もちろんその姿は誰にも見られない。フォッグはずっとジャンヌを観ていた。するとジャンヌはフォッグに気付き・・・そして少し微笑んだ。


そしてジャンヌの台に火がつけられた。司祭はジャンヌが十字架を見ることができるように掲げていた。すると、一陣の風がジャンヌの広場に舞い込んだ。それは火をつかさどる天使、フォッグの物だった。フォッグは急いでジャンヌに駆け寄り薪を外そうとした。

「っちくしょぉ!!絶対・・・絶対死なせねぇ!!」
「フォッグ!止めて!貴方まで巻き込みたくない!!」
「俺は緋の天使だ!炎が怖くてやってられねぇよ!!」
「ううん。さっきあいつらが仕掛けをしてた・・・きっとフォッグだって怪我しちゃう!」

その通りにフォッグは手に火傷を負い始めた。普通の人とは違い、ゆっくりじわじわと。そんなフォッグを見てジャンヌは一筋の涙を流した。

「フォッグ!もういいよ・・・フォッグ!!」
「ジャンヌ!!なに言ってんだよ!!」
「もういいのよ・・・司祭様も離れて!!二人とも火傷しちゃうわ。」

その言葉はとても火刑に処される人間の言葉ではなかった。そして司祭は無理やりフォッグを火刑台から引き離した。

「っ!なにすんだ!!離せ!!」
「いいえ!ジャンヌの最期の願いです!叶えるのが人の道です!!」
「何言ってんだよ!ジャンヌが・・・ジャンヌ!!」

離れていく緋色の天使を見つつジャンヌは今までの事を走馬灯のごとく思い出していた。家族の事、村の事、シャルル7世のこと、軍の戦友のこと、敵の将軍の事・・・そしてジャンヌは真っ青な空を見上げた。

「イエス様・・・いいえ・・・天にまします我らが神よ・・・最期に一つだけ・・・聞いてください・・・私は・・・ジャンヌ=ダルクは・・・許されない恋をしました・・・叶ってはいけない恋を・・・」

そのとき緋色の天使の叫び声が聞こえた気がしてジャンヌはさっき引きずられていった方を見た。そうするとフォッグはなぜかジャンヌと同じ目線の屋根の上に登っていた。下ではセアネル達があきれている。

「ジャンヌ!!俺はなぁ!俺は・・・お前のことが・・仕事とか抜きで・・・気に入ってたんだよ!!ジャンヌ!!」
「・・・・・・・・・・・・馬鹿だアイツ・・・」
「まったく・・・これだからお子様は・・・」
「セア・・・何処で教育間違えた?」



ジャンヌはその言葉を聞き微笑んだ。フォッグの目から緋の天使には到底似合わないものが少しずつ零れ落ちるのが見えた。ジャンヌは天を仰がずに言葉を続けた。

「神様・・・・・・・・・・あんな馬鹿で単純で能無しで私が想像していたミカエル大天使長様とは似ても似つかないような奴ですが・・・・・・・・・わたしは・・・・・・・フォッグが・・・・・・・・・・好きだったみたいです・・・」





 そしてジャンヌは1431年、5月30日。火刑に処された・・・・・・・・・





25年後、ジャンヌの汚名は晴らされ、聖女に名前を連ねられるほどにその名誉は回復した。しかしそんな知らせを聞いてもフォッグの心は曇ったままだった。火刑に処された人間で天界に天使として現れた前例は一度もないからだ。その日もフォッグは天界の自室にこもっていた。職務はやっているがここ数年まともに食事を取ってはいない。オマケにあれだけ外にでるのが好きだったフォッグが地上時間で25年、天界時間で約1年の間一度も外に出なかったのだからそれはそれで一大事だった。

「どうしましょうか?あのバカ思い込んでますよ?」

深皇の部屋にはプライムが深皇と共に積み上げられた書類に目を通していた。前よりは格段に減った書類は崩れることなく詰まれていた。

「ま、とりあえず呼び出そうよ。それのほうがいいでしょ?」

深皇は部屋の影の方にいた者に話しかけた。が、その者から返事は返ってこなかった。



フォッグは何ヶ月ぶりかわからない廊下を歩いていた。しかしその足取りにも生気がない。そして深皇の部屋のドアをたたこうとした。が、中から気配を察したセアネルが開けたのでその手はあえなく宙を切った。

「・・・なんですか?用って・・・」
「ふふふ〜実はね。君に紹介したい人がいるんだ〜♪」
「?」

そういわれてフォッグは初めて深皇と三人以外に1人いることに気付いた。その髪は天界では見ることの出来ないような金。透き通りそうな白い肌をもつ少女天使はフォッグを見た。その顔は見たことのある顔だった。

「やっほ。フォッグ。何年……かな?とりあえすひさしぶりだね。」
「ジャンヌ?」

フォッグは自分の目が信じられなかった。ソコにジャンヌはいないはずだった。余りの驚きに説明する深皇の言葉を半ば聞き流していた。

「ジャンヌちゃんは火刑だったけど名誉回復されたし永遠に名を残すからね。聖女ってのはそういうものだからさ。で、それとジャンヌちゃんの潜在的なチカラのお陰で魂は焼かれずにここに居れる訳。で〜って・・・フォッグ〜〜〜?聞いてる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「だめだこりゃ・・・ゴメンね〜ジャンヌ。こんな奴で・・・」
「いえいえ。プライムさん達も苦労してますね。」
「そうなんだよ〜って。フォッグ〜?お〜い。」
「あ・・・え?」
「ダメだこりゃ。」
「ねぇフォッグ。昔私が村を案内したの覚えてる?」
「あ・・・ああ・・・それが?」
「今度は・・・フォッグが天界案内してくれない?」
「・・・ああ・・・いいぜ?」





天界の東のエリアにある図書棟は風変わりな薄紫の天使が司書をやっている事で有名だった。そしてそのめんどくさがりな司書が作った常連名簿の一番下の欄に1人の名前が付け加えられた。


     「『Jeanne d'Arc ジャンヌ=ダルク』フォッグの連れ。」


と・・・・・・・・そうして緋色の天使と金髪の聖女は今日も堅苦しい神殿を逃亡していた。
 

 

 

 

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